人事労務の「作法」

企業の人事労務課題を使用者側の立場で解決します

047.月末前日退職の罠

3月は1年のうちで最も退職者が多い月です。

定年退職日を年度単位で設定している場合、同期入社者は3月に一斉に退職します。また、4月から新たな職場に転職する人も、3月に退職するでしょう。このような人は、通常、3月31日付での退職が一般的です。特に、転職する人は4月1日入社のケースが多いでしょうから、社会保険の被保険者期間の継続性を考慮すると、入社日の前日に退職するのが都合良いのです。

社会保険は、月末日に退職すればその月は被保険者期間にカウントし保険料を納付しなければなりませんが、月末の1日でも前に退職した場合は、被保険者期間にカウントせず、保険料も不要となる仕組みです。会社とすれば、月末前日退職であれば社会保険料の会社負担額が節約できます。

この仕組みを利用し、例えば3月末日退職を申し出た社員に対し、その前日の3月30日に退職することを強要してはいないでしょうか。

そもそも、労働者から労働契約の解除申出があったにも関わらず、会社が契約解除日の変更を強要するような事があれば、それは、労働者の自己都合退職ではなく解雇となる可能性があり、解雇予告手当が必要となります。

もちろん社員が納得すれば良いのですが、社員が詳しい仕組みを理解しているとは思えませんので、お勧めできません。

月末前日に退職すると、会社は社会保険料を節約できますが、社員はその月の国民年金国民健康保険の保険料を自分で納付しなければなりません。扶養されている配偶者がいれば、配偶者分の保険料も必要です。また、将来受け取る厚生年金が数千円減額することになります。もちろん、その人の置かれた状況で個人差はありますが。

このような事情を全て理解した上で、会社の要請で月末前日の退職に応じる人はいないでしょう。

会社が経営難ならまだしも、数万円の保険料を節約するため、そのしわ寄せを退職する社員に負担させるのは考えものです。このような会社側の姿勢は、退職者だけでなく在籍する社員に対しても悪い印象を与えます。むしろ、月末日退職を推奨するくらいの配慮があって良いと思います。

労働者との関係性を最適化し、働き甲斐と信頼関係が担保された職場を築くための投資と考えてはいかがでしょうか。

 

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046.人事制度の構築(11) 評価ランク設定にひと工夫

今回は、評価ランクを設定する上での工夫について説明します。非常に些末な事ですが、ひと工夫する事で人事制度の目的である人材育成にも貢献でき、今後の見解を展開する上で何度も登場する事柄ですので、敢えて今回のテーマとして取り上げました。

評価ランクの段階は企業規模にもよりますが、正規分布となるよう奇数の段階が良く、5段階が適当です。これよりも多くなると上下の段階との違いが曖昧となります。逆に段階が少ないと毎年の評価が固定化されてしまいます。

一般的には下のように設定される事が多いでしょう。(評価ランクの意味は仮置きです)

S  会社が期待する水準を大きく上回る

A  会社が期待する水準を上回る

B  会社が期待する水準通り

C  会社が期待する水準を下回る

D  会社が期待する水準を大きく下回る

このようにBを中心に上下に正規分布するイメージで設定されるのが一般的です。しかし、会社が期待する水準に達しているはずのランクをBと表現することは得策ではないと筆者は考えています。

Bといえば、B級品をイメージし、標準よりも劣るように思われがちです。恐らくBランクに位置付けられる人が一番多いはずですので、大多数の社員のモチベーションを削ぐことは避けたいところです。

信念を持って取り組んできた過程やその成果が間違っていなかったと会社も判断しているというメッセージを伝えるためには、期待水準に達している評価ランクはAと表現するのが良いと考えます。つまり、5段階の評価をSS,S,A,B,Cと設定します。ランクAの社員に対し、上位ランクのSやSSを目指すように動機づけを行うのです。

ランクをアルファベットではなく、学生時代の通知票のように5〜1の数字で表すケースもありますが、これも通知票のイメージが強すぎるため良くないでしょう。

もっとも、大事なのはランクが何であるかということではなく、今後に向けて何をどのように取り組むかを評価者である上司が親身になってサポートする、という人材育成の視点であることを忘れてはいけません。

 

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045.人事制度の構築(10) 人事評価の目的は人材育成にあり

今回からは、人事制度を構成する二つ目の要素である評価制度について考察します。

評価制度に基づいて行う人事評価は、社員の処遇決定のツールですが、それだけに特化し過ぎると必ず不満が出てきます。厳しい評価をする事で社員のモチベーションが低下することもあり、逆にモチベーションの低下を避けるために甘い評価をすると、公正な評価とは言えません。また、評価者によって評価基準がまちまちでは、評価制度の信頼性が担保できません。

このような人事評価に関わる弊害を生まないためにも、評価制度を構築する際には、人事評価の目的を明確にする必要があります。

一言で言えば、人事評価は人材育成を目的として行うものです。組織が進む方向に自身の能力開発のベクトルを合わせ、組織が成長発展する過程に参画意識を持ち、その結果、自身の能力も高まる事が実感できるようにするのが狙いです。社員の能力開発に向けての取り組みやその成果が、組織が期待する水準と合致しているかを明確にする事が人事評価であり、その差を埋めるためのモチベーションを喚起して人材育成につなげます。

ここで、人事評価と人材育成の関係性を図示すると次のようになります。

 

人事評価の結果は処遇に反映しますが、その先にある人材育成や人材活用につながっていきます。職務のローテーションや責任ある地位への異動や任命を通じて能力を高め、行動する事で更に大きな成果を期待します。その期待に応えることができれば、より大きな処遇を得て次の段階へと進みます。このようなサイクルを繰り返すことで人材育成、能力開発が実現するのです。つまりは、人事評価は人材育成サイクルに組み込まれたステップの一つと言えます。

上の図では、人事評価の対象範囲として、情意をベースに能力、行動、成果を取り上げています。今までに示してきた能力成果主義の下では、この4要素が人事評価の基本的な評価項目であると考えています。

これらの評価項目については、改めて解説します。

 

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044.フリーランスとの契約には気を付けて

フリーランスとして働く人が増えているようです。

フリーランスとは、企業等に所属しないで、個人で仕事を請け負う働き方の事です。ある調査では、1000万人以上がフリーランスとして働いていて、主な業種は、デザイン制作、インストラクター、配達、建設作業、ほか様々な業種に広がっています。

フリーランスとして働く人が増えた背景には、働き方の多様化、テレワークの拡大、副業の解禁、非正規雇用者の増加、人件費の削減などの理由があります。

企業が個人に業務を委託するメリットは、社会保険料等のコスト削減や業務量に応じた労働力調整が可能なことです。一方でデメリットとしては、労働力が安定して確保できない可能性がある事でしょう。

働く個人側のメリットは、個人の都合に合わせて働く時間や仕事量を調整できる点です。デメリットは、社会保険が適用されず、継続して仕事があるとは限らないことです。

企業からみれば、専門的な能力を必要とする業務については、企業側のデメリットを覚悟してでもその人に頼らざるを得ないことがありますが、専門性を要しない業務においては、企業のメリットを追求することで、個人にしわ寄せが来る事が多そうです。

ただし、企業がメリットを追求する上で注意が必要なのは、契約上は請負契約であっても実態としては雇用契約と変わらない働き方をしている、所謂「偽装請負」問題です。企業は契約先の個人に対して、業務の進め方や方法などについて指揮命令できません。指揮命令を行えばそれは労働者派遣となり、労働者派遣法や職業安定法違反となります。偽装請負が問題となるのは、労働者としての権利や待遇が得られない可能性があるからです。

請負契約が正当に成立するための要件は、「労働者派遣事業と請負により行われる事業の区分に関する基準」に以下のように明記されています。

〇業務に関する指示や管理・評価を請負者自ら行うこと
〇勤務時間・休憩・休日の指示や管理を請負者自ら行うこと
〇業務に必要な備品・資材・資金を請負者自ら調達すること

〇単なる肉体的な労働力の提供ではないこと

契約上は請負の体裁を整えても、これらを満たさない限りは偽装請負とみなされる可能性がありますので、社会保険料のコスト削減を狙って安易に個人と契約することは危険です。働き方の実態をみて判断しましょう。

 

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043.働かないおじさんの真実

働かないおじさんに批判が集まっているようです。

働かないおじさんとは、休憩が多い、新聞やインターネットばかり見ている、居眠りをしているなど、本当に働かない人だけでなく、真面目にコツコツと仕事をするが、新しいことにチャレンジせずに決められたことを忠実にこなす人も含まれます。共通するのは、主に中高年で期待される成果が出ていないにも関わらず高い賃金を得ている社員のことを意味します。昭和の時代にも、窓際族という言葉がありました。窓際族はどちらかと言うと哀れんだ言い方でしたが、働かないおじさんは悪者扱いされているところが昔と違います。

しかしよく考えたら、このような社員は昔からいました。最近急に問題視されている背景には、人事制度が関係しています。

働かないおじさんと呼ばれている人は、年功を重視した人事制度で育ってきました。若い頃は貢献よりも低い賃金で我慢してきた世代です。能力主義的な人事制度では、貢献と賃金がバランスするのが40代で、以降は貢献よりも賃金が上回ります。若い頃の「貸し」を回収している世代です。

昔は若い世代も、自分たちも同じ道を歩むので中高年に対して不満は持っていませんでした。ところが最近では、若い世代にも成果主義を導入する企業が増え、成果以上の賃金を得ている中高年に対しての批判が高まったのです。自分たちが中高年になったときに、今の中高年のような賃金が得られないだろうと考えるからです。

このように考えると、働かないおじさんへの批判は、働かないことではなく働き以上の賃金を得ていることについての世代間の不公平にあるのです。中高年にしてみれば、「約束が違う」ということになるのですが、いくら世代によって事情が違うからとは言え、このままでは若い社員のモチベーションが低下します。

中高年には厳しいですが、昔のように年功によって処遇できる時代ではありませんので、貢献と賃金がバランスするような改善が必要です。一つは人事制度面からの改善で、これは当ブログで現在連載中の「人事制度の構築」で改めて解説します。もう一つは中高年自身がリスキリングに取り組むことも必要でしょう。

かく言う筆者も例外ではなく、リスキリングに取り組まねばと考えている次第です。

 

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042.人事制度の構築(9) 職能等級・役割等級の定義

今回は、前回示した複線型人事制度を盛り込んだ職能等級制度と役割等級制度の等級定義の仕方について考えます。

前回示した体系図において、一般社員層には職能等級制度を適用します。先ず、各等級における人材の定義を明確にします。例えば、入社したばかりの総合職1等級は、「社会人としての基本的な知識を有し、所属する部門の基幹業務のうち担当業務について、所定のルールや上司の指示に従い処理できる能力を有する」と定義します。総合職3等級では、「所属する部門全般の業務知識を有し、その部門の基幹業務のうち担当業務について、独力で処理すると同時に後進に対して担当業務とその前後工程について指導できる能力を有する」と定義します。

ここでのポイントは、「○○する能力を有する」という表現です。総合職は部門異動を繰り返して昇格していく前提ですので、他部門で3等級の能力がある人は異動先の部門でもその能力があると見なすところが職能等級制度の便利な点です。「○○できる」という表現にすると、部門異動した人は新しい部門の業務は未経験な事が多いため、等級定義と能力が一致せず、かと言ってその人の等級を下げることはできないため、運用上の支障が出ます。等級の定義を定めるうえで、職種ごとの職能要件をできるたけ共通化した方が良いというのはこのことからです。

一方、管理職については役割等級制度を適用します。例えば、M1等級の人材定義では、「部門内の管理職として、部門方針に基づき、チームメンバーを指導育成しながら部門目標達成に導く」と定義します。M3等級では、「部門長として、経営方針に基づき、他部門との連携を取り、企業業績の最大化を図る」と定義します。一般社員と違うのは、「○○を行う」という表現をすることです。管理職には成果主義を適用することから、原則として部門異動は無く、必要な能力は身につけた上で、培ってきた分野で成果を出す事が求められます。

このように、一般社員と管理職で等級に関する考え方を分けて運用する事で、能力成果主義に基づく等級制度構築が可能となります。

次回からは、人事制度を構成する二つ目の要素である評価制度について考察します。

 

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041.人事制度の構築(8) 複線型人事制度の有効活用

複線型人事制度とは、一つの企業のなかに複数のキャリアコースを用意し、各社員の志向や適性に応じてコースを選べる制度の事です。

複線型の構成は各社の事情により千差万別ですが、キャリア志向面での区分としては、業務の中核を担い、責任と全国規模の転勤が伴う総合職と、サポート業務中心で異動転勤の範囲が狭い一般職に区分されます。賃金面での処遇は総合職が高く、一般職は低く設定される傾向にあります。

また、キャリア適性面での区分としては、組織運営や人材育成を主業務とするマネジメント職と、特定分野の専門家として新技術やサービスを社内外に発信するスペシャリスト職に区分されます。マネジメント職は組織の規模により人数に制限がありますが、決してマネジメント職から溢れた人がスペシャリスト職になるのではなく、キャリア適性に応じて区分します。その意味ではマネジメント職とスペシャリスト職の賃金面での処遇は同一とする必要があります。

複線型人事制度を導入するメリットは、社員の希望やライフスタイルに応じたキャリア選択が可能となることからモチベーションやエンゲージメントが向上することと、単線型の人事制度では処遇出来なかったスペシャリスト職をマネジメント職同等に処遇することで、企業内に高い技術や知識の蓄積が可能となることです。

上記区分を複線型人事制度の体系図にすると、下のとおりです。

実は、複線型人事制度は職能等級制度や役割等級制度との親和性が高く、一緒に運用しやすい制度です。この体系図に各等級の目指す人物像と能力、役割定義を追加すれば、複線型人事制度を盛り込んだ職能定義書、役割定義書となります。

日本企業ではゼネラリスト志向が強く、複数の職種を経験した後、希望や適性によってマネジメント職に進むのかスペシャリスト職に進むかが決まってきます。複線型人事制度をうまく活用することでジョブ型雇用ではできない人材育成が可能となります。

 

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